[其の四] 料理人ぢゃっちゃ(おばさん)

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「ねえ、今回の料理教室、○○ホテルの料理長だって」
「今度のイタリアンの会、バッチリ味覚えてくる。この女子会もダンナさんのためにあるようなものよ」という奥様に、
「授業料かけてる割に、習った料理を食べたことがない」なんてダンナ様、ゆめゆめ言ってはなりません。そこで今回は、秋田ならではの「料理教室」をご紹介しよう。
テレビの「今日の料理」や「三分間クッキング」といった料理番組や流行りのレシピ本なんてない時代、どのように秋田の「おいしい!」は伝わり、広がっていったのだろう。かつて秋田の田舎で魚屋さんのある村はまれだった。ましてや、そんなところに料理屋さん、仕出し屋さんもあるはずもない。しかし、ある程度の「お屋敷」では冠婚葬祭に料理人さんが必要だ。そこで呼ばれたのが、そのあたりでは一目置かれる料理名人のおばさんこと「料理人ぢゃっちゃ」だ。
「ぢゃっちゃ」というのは、親しみと敬意の気持ちを込めた言葉で、“おかあちゃん”と“奥さん”の中間ぐらいの意味合いだ。普段は野良仕事をしている農家のおばさんが割烹着一つ風呂敷に入れて「お屋敷」に向かう必殺料理人だ。勝手口から入って、「精一杯、がんばらせてもらいます」と板の間で奥様に挨拶して料理に取り掛かる。
その頃のお膳は、今の宴会用のものからするとかなり小さい。だが、小さいながらも刺身皿がある。煮物や焼き魚の皿もある。吸い物は一番と二番の二つを作った。そして「くちとり」といって甘いもの。例えばきなこ餅だったり、ジャガイモでキントンを作ったりして“スイーツ”まで付けて「盆と正月が一緒に来たような」ハレの日にふさわしい皿数を整えなければならなかった。
さらに、食材はもとより、砂糖、醤油などの調味料が自由に使えない時代でも、集まった客人を満足させるよう、いかにまろやかな“やさしい”味わいにまとめるかが腕の見せ所だった。「料理人ぢゃっちゃ」は、その人独自の味付けに“秘伝こ”を持っていた。
「お屋敷」の冠婚葬祭となると分家筋や向こう三軒両どなりの村のかあさんたちがお手伝いに召集された。そのお手伝いのかあさんたちが「ぢゃっちゃ」の包丁さばきを見る。その所作をじっと見る。「茶わん蒸しができました」「煮付けができました」「一番の吸い物ができました」とぢゃっちゃがそのたびごとに「あんばいなんとだんすか?(お味はいかがですか?)」と言ってその家の奥様にお伺いを立てて味見をしてもらう。実はその味見をした奥様が今度は分家筋、そして近くの家の冠婚葬祭を仕切り「料理人ぢゃっちゃ」のように味付けをすることが多かったらしい。
「あの時ぢゃっちゃは糀でつくった甘酒入れた」「さっとゆでてすぐ火からおろした」「酒粕にまぶしていた魚を焼いた」という“秘伝こ”が見よう見まねで伝わっていった。
そして現代。その会場は井戸端会議へ。天気の話、孫の自慢話くらいはいいとして、姑や嫁の悪口まで出たら、「ペチャクチャいつまでしゃべってるんだ!」と、小言の一つも叩いてみたくなるが、実はこの井戸端会議は「プチ秘伝こ交換会」に変わるのだ。お茶うけに持ち寄った漬物や料理を前に「このなす漬けおいしい! これ何として(どうやって)漬けたの?」「ワラビはどうすれば色よくとっておけるの?」といった具合だ。
秋田の人は間違いなく食いしん坊だ。「料理人ぢゃっちゃ」の時代からそして今も、秋田の「おいしい!」は口伝えでそれぞれの食卓に広がって受け継がれていく。