[其の六] じゃごたろ(在郷太郎 田舎もの)

「そんなことも知らないのか。じゃごたろだな」「おまえこそじゃごたろだ」と田舎者同士の会話。兄弟で「おまえの母ちゃん、デ・ベ・ソ」と言い合っているような感じだ。決して心から馬鹿にしているわけじゃない。そこには笑いがある。

天の戸に「じゃごたろ」というにごり酒がある。ラベルには〈日も暮れだ。おめだじ、まんずいっぱいやるべ〉〈かあさん、いっつもご苦労さん。たまには一緒になんとだ?〉のほかに、発売当初は〈オレは、じゃごたろできる男〉と読めるようにした。これは「じゃごたろできる」「じゃごたろする」という造語だ。裏には〈新しいのに懐かしい〉とラベルに書いた。

そういえば『田舎暮らしの○○』の類いの本がよく売れているらしい。それって新しいこと? …いやいや、その昔、あこがれのハリウッドスターは『将来の夢は田舎に牧場を買って暮らすこと』なんていってたな。その道で成功した人の夢のひとつが、“田舎暮らし”として昔からあるようだ。

私たちが愛してやまない秋田県出身のスター「ギバちゃん」こと柳葉敏郎さんは秋田に嫁さんと子どもを連れて戻って来た。もう7、8年前のことだ。地元の野球チームに入って盛り上げ、チャリティーゴルフ大会も主催する。娘さんの学校のPTA役員なんかもやるらしい。そして当のご本人は東京や大阪の仕事場に秋田から通う。ギバちゃんは堂々と、しかもかっこよく「じゃごたろしている」のだ。

先日、東京在住の二十歳の女性を横手から日本海の海辺まで案内した。車中、「休日はどこに出かけるんですか。渋谷とか、表参道、いや代官山かな? 東京はいい場所たくさんあるでしょう?」うら若き女性を前に、年に一、二度のお上りさんは、知っているだけの東京の地名を並べた。

彼女は私の問いかけにはすぐには答えず、緑濃い木々のトンネルや、雲の形、鳥海山の見え隠れに「わぁー」とか「すごいー」とか言っている。高原を超えて日本海の水平線が見えた時には「やった。ついに初日本海!」と大はしゃぎ。ひとしきり風景に感動した彼女は「今回、秋田に来るのに東京駅で迷子になりそうになって…(笑)。おかしいでしょ? じつは私、人混みあんまり得意じゃなくて。山とか川とか海とか、緑の多いところ、大好きです」と話してくれた。

私は都会に住む人たちは「住めば都」どころか、すでに「都に住んでいる」のだから、みんな満足していると思っていた。「都」は魅力に満ちているから人が集まるのだ、と。二十歳の彼女の話を聞いて、もう一度、自分にとっての「都」を考えるいいときなのかもしれないと思った。

田舎は「風光明媚」であるほど暮らしは厳しい。観光で立ち寄るのと暮らすのとではかなりギャップがあるはずだ。しかし、ギバちゃんは「何を今更そんなこと。オレはここがいいんだ。何もないなんて勝手に言うなよ」と教えている。

私たちは、生まれながらにして田舎に暮らす「原住民」であり「現住民」。まさに、田舎暮らしの最中だ。見ようによっては、あこがれのスターの、あこがれに近い暮らしを今していると言えやしないだろうか。だったら、ちょっといじわるして、田舎の良さを出し惜しみしよう。小出しにちょっとずつチラつかせて、都会の人がうらやむカッコいい「じゃごたろ」になってやろうじゃないか。

じゃごたろおり酒
じゃごたろ〈おり酒・生〉槽で酒をしぼるときに生まれたかすかな白い濁りを集めて瓶に詰めた辛口のおり酒。肉料理にとても合います。