[特別編]「襷・タスキ」 に寄せて

タスキの画像

 

私たちは誰からタスキを受け取って、誰に渡すのだろう。
私たちが受け取って渡すタスキって何だろう。

ひとりだったら、休みたくてさぼりたい自分。
でも、目の前の中継地点で倒れ掛かるようにタスキを手渡されたら、
きっとここ一番、心入れ替えて頑張らねばと思ってしまうよ、きっと。

先輩から後輩へ、先生から生徒へ、大工の棟梁から弟子へ。
そして、親から子へ。
渡すタスキは言葉ではないことも多いだろう。
それは取り組む姿勢であり心意気なのかもしれない。
前走者へのあこがれと尊敬の気持ちがなければうまく引き継がれないだろう。

人の中には愚かさが住んでいるらしい。
その愚かさゆえに、大ブレーキ。ずっと遅れて手渡される。
だからって、愚痴って言い訳ばかりをしていてはレースが終わってしまう。
愚かさを受け取って、愚かさのまま、タスキを渡してはいけない。
何年後かに「あのことがきっかけでかえって発奮しました」とインタビューで答えたいんだ。

私たちは誰からタスキを受け取って、誰に渡すのだろう。
私たちが受け取って渡すタスキって何だろう。

私たち蔵人は、農家さんの米を受け取って酒というタスキに変えて地酒屋さんや小売店さんに渡します。
地酒屋さんは我々の思いを言葉に変えてお酒といっしょに愛飲家の皆さんに手渡してくれます。
だからこそ、私たちはそれぞれの思いが心に残るお酒をつくらなければなりません。飲めばなくなるお酒だからこそ。

 

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