[其の十一]『はーえ(どーも、ごめんください)』

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「こんにちはー、水飲ませてください」──ランドセルをカタコト鳴らしながら、元気な挨拶が玄関から聞こえてくる。

「天の戸」では、酒蔵から50mほど離れたところに湧き水があり、通りを挟んで蔵の中に引き入れ、仕込み水として使用している。その冷たい湧き水を目当てに、学校帰りの小学生たちがやってくる。夏のアスファルトを歩いてきた子供たちには絶好の「給水所」だ。

ある土曜日、見覚えのある女の子が弟らしき小さな子を連れて玄関に立っていた。「こんにちは……、水飲ませてください」と、はにかみながら言っている。そうだ、いつもは上級生たちのかげに隠れるようにくっついて来ている子だ。たしか真新しい赤いランドセルを背負っていたから、きっと一年生だろう。事務所からの「どうぞ」の声に、男の子の手を引いて水飲み場に走って行った。

しばらくすると、その女の子がまた横に男の子を立たせて玄関にいる。私と目が合うと女の子は、男の子の背中に手をやって「ありがとうございました」と、自分がお辞儀するのに合わせて頭を下げさせた。そして入ってきたときと同じように、はにかみながら通りに走って出て行った。

小さな酒蔵とはいえ、子供たちにとってこの薄暗い建物には威圧感、独特な雰囲気があるのだろう。でも学校に上がった「えらい姉ちゃん」はここに入るワザを持っている。上級生のやっていることの見よう見まねながら、ここの「しきたり」を知っている。弟にそんなところを見せたかったのだろう。

そういえば近頃「ごめんください」を言わなくなった。一般のお宅に入るときは別だが(言わなかったら泥棒である)。例えばコンビニ。黙っていてもドアが開く。そして黙っていても「ピンポーン」のチャイム。こっちを見ていなくても店員さんが「いらっしゃいませー」と忙しいのに言ってくれる。大型スーパーでは、カートにかごを載せてからレジを通るまで「ポイントカードお持ちですか?」の声がなければひと言も話さずにクルマに戻る。それが日常になりつつある。

幼い頃、私の住む六十軒ほどの村に自転車屋さん、床屋さんを含めると八軒もの「お店」があった。おつかいで店に行くと店番がいないのが当たり前で、夕方には決まって奥の炊事場で夕飯の支度をしている音がする。私はその音に向かって聞こえるように「はーえ」「はーえ」と叫んでいた。

「はーえ」──このちょっと気の抜けたような言葉、これが店に入るときの挨拶だった。すると奥から「はいはい、はーい」と言って前掛けで手を拭きながらおばちゃんが出てきてくれた。「豆腐、ひとつ」と言うと「偉いねー、こうちゃん」と名前まで呼んで褒めてくれた。豆腐を鍋に入れてもらうと、手に跡がつくほど握りしめていた何枚かの十円玉を渡した。

小学校に上がると教員室には一礼してから入るように教わった。中学校では部活の体育館、道場、そしてグラウンドに入るとき「よろしくお願いします」と声に出してお辞儀をしてから入るように教わった。それが当たり前だった。「敷居をまたぐ」という言葉がある。それはどこか「襟を正す」に近いものを感じる。改まっての挨拶は今さら照れくさいところもあるが、ここ一番では必要なこともある。

そうだ、この冬から酒つくりの部屋に入るたびに一礼することを始めてみよう。心のなかで「よろしくお願いします」と言って仕事を始めよう。その緊張感のある姿を、きっと酒つくりの神様は見ているはずだ。もしかしたら、蔵元のご先祖様も見てくれて「杜氏にボーナスをくれてやれ」と社長の耳元で囁いてくれるかもしれない。そう、もしかしたら。