[其の二] おなぎ(お難儀、ご苦労様)

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夕日が沈むまで外で遊んでいた。家に帰って「晩げ(夕ご飯)なぁに?」と母に聞くと、「待つのも楽しみだよ」とはぐらかされた。あたりがすっかり暗くなるころ田んぼから父帰還。暗がりの勝手口の父に向かって、「お帰りなさい。おなぎだったんす」の母の声。「おなぎだったんす」は〈今日の仕事は大変難儀なことでしたね。ご苦労様でした〉の意味だろう。農家の我が家は共働き。母はさっきまでいっしょにつらい野良仕事をしていたにも関わらず、しかも敬語を使って迎え入れるのが常だった。

地べたを這うような仕事が続く毎日。父はたまに飲むわずかな酒を口にして倒れるように眠ってしまう。その横で母の仕事はなおも続く。農家の嫁は損だなとおぼろげに思っていたような気がする。

私が跡継ぎとして家に入ってしばらくしたある日、田んぼから帰ると母が「おなぎだったね」と言って私を迎え入れた。そのとき初めて、母が〈早く家に入ったものが遅く帰ってくる人を迎え入れる時の労をねぎらうあいさつ〉として「おなぎ」と言っていたことに気づかされる。照れ屋日本代表、みたいな父は口にこそ出さなかったものの、心のなかで「あんたこそおなぎ」と言っていたに違いない。

母が私に「おなぎ」と言ったのを聞いた、言葉を覚えはじめたばかりの三男坊はこの「おなぎ」がかなりお気に入りだった。家に入ってくる誰にでも「おなぎ」「おなぎ」を連発していた。いつの間にか我が家の「おかえりなさい」が「おなぎ」となった。

さらに時が流れて今年の正月。帰省した三男坊と酒造りで遅くなった私がトイレの前で出くわした。

「きてたか」

「電車とれなくて、ギリギリ」

「かあさんさ、ただいま言ったか?」

「言ったよ。あ、とうさん、おなぎ」